ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、その生涯で数百通もの手紙を残しました。その多くは、最愛の弟テオに宛てたものです。

これらの手紙には、画家としての苦悩だけでなく、一人の人間としての喜びや孤独、希望が記されていました。

ゴッホという人物を知るうえで、貴重な一次資料といえるでしょう。

この記事では、公開されている原文をもとに、書簡003の日本語訳と背景をわかりやすく紹介します。

歴史や文化もわかる 西洋美術史の教科書

背景

1873年の年明け。

テオはブリュッセルでの新しい生活を始めていました。

前回の手紙で就職を祝福したゴッホは、今度は新天地での暮らしを気遣う手紙を書いています。

この頃、兄弟はともにグーピル商会で働く若い美術商でした。まだ画家になる前のゴッホです。

しかし、この手紙には後の芸術家を予感させる一節がすでに現れています。

書簡003|1873年1月中旬

親愛なるテオへ

家からの知らせで、君が無事にブリュッセルへ着き、第一印象も良かったと聞いたよ。

慣れないうちは何もかもが新しく感じられるだろう。

けれど心配はいらない。

きっと上手くやっていけるはずだ。

今どんな様子なのか、下宿は気に入ったか、ぜひ近いうちに手紙で知らせてほしい。

父さんの手紙によると、シュミットさんとも良い関係を築いているようだね。

それは本当に良かった。

彼は立派な人物だし、きっといろいろなことを教えてくれるだろう。

クリスマスに一緒に過ごした日々は本当に楽しかった。

私は今でもあの時のことをよく思い出すよ。

君にとっても、あれは実家で過ごす最後のクリスマスだったのだから、長く記憶に残ることだろう。

ぜひ手紙で教えてほしい。

どんな絵を見たのか。

そして、その中で何を美しいと思ったのかを。

こちらは新年になってから忙しくしている。

だが新年は良い始まりとなったよ。

月給が10ギルダー上がり、今では月50ギルダーになった。

さらに50ギルダーの特別手当まで貰ったんだ。

本当に嬉しいことだ。

これでようやく完全に自立できそうだ。

君も同じ会社の一員になったことが私は本当に嬉しい。

素晴らしい会社だと思う。

長く勤めるほど、その良さが分かってくる。

最初は大変かもしれないが、元気を出して頑張ってほしい。

ところで、ブリュッセルにあるコローの版画集の値段をシュミットさんに聞いてもらえないだろうか。

こちらの店で問い合わせがあったんだ。

次に手紙を書くときには、私の写真を送ろうと思う。

先週の日曜日に撮影してもらったんだ。

もうパレ・デュカルには行ったのだろうか。

まだなら、ぜひ一度訪ねてみてほしい。

ハインおじさんの具合はどうだろう。

私はとても心配している。

少しでも回復してくれることを願っている。

おじさんとおばさんにもよろしく伝えてほしい。

さて、友よ。

元気でいてほしい。

こちらの知人たちも皆、君の成功を願っている。

シュミットさんとエドゥアールにもよろしく伝えてくれ。

近いうちに便りを待っている。

さようなら。

君を愛する兄ヴィンセントより

追伸

私の住所は、ハーグ、ランヘ・ベーステンマルクト32番地。

あるいはグーピル商会宛でも届く。

考察

この手紙で特に印象的なのは、

「どんな絵を見たのか。そして何を美しいと思ったのかを教えてほしい」

という一節です。 

まだ画家ではない19歳のゴッホですが、すでに芸術への強い関心を抱いています。

また、昇給したことを素直に喜ぶ、家族を助けたいと考える、弟の新生活を気遣うなど、真面目で誠実な性格もよく表れています。 

これまでの手紙では「優しい兄」という印象が強かったのですが、この書簡からは「美術を愛する若い青年」の姿も見えてきます。

後の画家ゴッホへとつながる、小さな芽が感じられる一通と言えるでしょう。

『歴史や文化もわかる 西洋美術史の教科書: 20世紀から現代まで』