ヴァイキングとは?略奪・航海術・建国から読み解く

中世ヨーロッパの時代において、ヴァイキングは各地を襲撃し、人々を恐怖に陥れました。
しかし、ヴァイキングの姿はそれだけではありません。彼らは航海技術を生かして交易を行い、新たな土地を開拓し、各地に王国を築くなど、中世ヨーロッパの歴史に大きな影響を与えました。
この記事では、ヴァイキングとは何かを、略奪だけでなく、交易や航海、そしてノルマン系王朝の成立まで、多面的にわかりやすく解説します。
ヴァイキングとは
主に8世紀から11世紀頃にかけてのヨーロッパで、ノルマン人を中心とした北方のゲルマン人たちが活動を活発化させます。
これが俗にヴァイキングと呼ばれる、ノルマン人たちによる侵攻です。
中世の初期から中期にかけて、ヨーロッパ世界に決定的な影響を与えた存在が、このヴァイキングでした。西洋のその後の歴史が、彼らによって大きく塗り替えられていったのです。
スカンディナビア半鳥では、気候が温暖になり収穫が上がったことで人口も増え始めていました。
それらの要因から、北方ゲルマン人たちは外の世界へ糧を求めて、海に乗り出したのでした。かくしてヨーロッパ各地へと進出していきます。これは、第二次民族大移動とも呼ばれます。
そしてヴァイキングは豪胆で、危険をものともしない、屈強な戦士たちでした。ヴァイキングの戦士は、革の服や鎖帷子(くさりかたびら)を着込み、鼻当てのついた鉄か革の兜をかぶっていました。
さらに鉄の板で補強した木製の盾、長剣、短刀、斧、槍、弓などを巧みに用いて戦いました。
また、ヴァイキングたちは、交易による商業活動や、航海の遠征による新天地の開拓なども活発に行っていました。ヴァイキングは戦士であると同時に、交易者であり開拓者でもあったのです。
最強の略奪者
ヴァイキングたちは、独自の船を使って遠方の土地へと襲撃に乗り出しました。これらの船は、浅瀬にも入り込むことができ、速度と機動性に優れていました。
ヴァイキング船は沖を進むこともできたし、川を遡って内陸深く侵入することもできました。さらにヴァイキング船は、前と後ろがまったく同じつくりであるため、逆の方向に漕ぐだけで引き返すことができます。
このため、ヴァイキングたちは急な襲撃を仕掛けることを得意としていました。なので、ヴァイキングたちの最も優れた武器は、この航海術だったと言えるかもしれません。
そして、ヴァイキングたちは主に、修道院や富裕な港町を略奪の対象としました。これらの場所には、貴重な財宝や資源が蓄えられていたからです。
ヴァイキングたちはキリスト教ではないので、修道院だろうが何だろうが関係ありません。教会や修道院は神聖な場所でも何でもなく、都合よく貴重な品を調達できる格好の標的でした。
また、ヴァイキングは襲撃の実行日を、キリスト教の祝日や安息日などに重ねるなど、周到な計画も行っていました。
そして、ヨーロッパ中の様々な町で略奪を働き、その名を轟かせたのでした。西ヨーロッパ各地の裕福な修道院などを中心にして、幾度となく略奪を働きます。
沿岸部だけでなく、内陸部の町までもが襲撃の対象となりました。ヴァイキングによってパリが包囲されたこともあります。
こうしてヴァイキングの略奪者としての名は、ヨーロッパ中に轟いていったのでした。
交易と航海
ヴァイキングは各地で略奪を行う一方で、商業活動も盛んに行なっていました。これは、中世において商業が活発化した要因のひとつとされます。
さらにヴァイキングは優れた航海技術を持っており、大西洋やバルト海、北海を航海し、広範囲に探検を行いました。
事実としてバイキングは、中世初期のヨーロッパにおいて、陸地から遥か離れた海上を航行することのできる唯一の船乗りたちでした。その航海術と造船技術は、当時の西洋世界において、他とは一線を画す類稀なるものだったのです。
さらにヴァイキングたちは冒険心が旺盛で、未知の海域への探検に怯むことなく挑んでいきました。
彼らは西方にアイスランド、グリーンランドなどを見つけて植民し、東方にはビザンティン帝国や中東まで及ぶ航海活動を続けました。
そして、果てはアメリカ大陸にまで到達しています。なんとコロンブスが15世紀に発見する数百年もはるか以前に、ヴァイキングたちはアメリカ大陸にすでに到り着いていたのです。いかに当時のヴァイキングたちが、航海活動を盛んに行なっていたかを示すものです。
この様に、戦士としてのイメージが強いバイキングですが、実際には、その技術や精神こそが何よりの長所だったと言えるでしょう。
ノルマン系王朝の成立と拡大
かくしてヴァイキングをはじめとして、ノルマン人たちが活発に活動を行い、ヨーロッパ各地に定住していくことになりました。
そして各地に広まったノルマン人たちは、ノルマン系の王朝を建国していきました。シチリア王国、ノルマンディー公国、キエフ公国、イングランドのノルマン朝などが代表的です。
「バイユーのタペストリー」には、ノルマンディー公によるイングランド征服が描かれています。当時のノルマン人たちの様子が、あざやかな刺繍画で表されました。
この征服はノルマン・コンクエストと呼ばれ、イングランドの国家形成において大きな影響を与えたことで有名です。
そしてヨーロッパ各地に移住したノルマン人は、各地の文化と次第に融合して、現地に溶け込んでいきます。
やがてスカンディナビアの王国も全てキリスト教となり、ヴァイキングの文化はキリスト教文化に吸収されていきました。
しかしながら、ヴァイキングの文化は、今でも北欧をはじめとしたヨーロッパの各地域で、その名残りを豊かに残しているのです。









