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中世ヨーロッパでキリスト教が広まった理由

なぜキリスト教は中世ヨーロッパ全体へと広まり、これほどまでに強い影響力を持つようになったのでしょうか。

その背景には、ローマ帝国から受け継がれたキリスト教の伝統に加え、西ローマ帝国の滅亡後に社会の中心的な役割を担ったローマ・カトリック教会の存在がありました。

この記事では、中世ヨーロッパでキリスト教が広まった理由から、ローマ・カトリック教会が台頭した背景を、わかりやすく解説します。

中世ヨーロッパの教科書

中世ヨーロッパとキリスト教

中世ヨーロッパを語る上で欠かせないのが、キリスト教です。

キリスト教への信仰こそが、一千年の歳月をかけて形成された、中世ヨーロッパ世界の最も基本的な性格でした。

なので中世ヨーロッパとは、キリスト教の時代だったと言うことができます。キリスト教を信仰する人々の共同体。それがヨーロッパ世界の枠組みであると言ってもいいかもしれません。

キリスト教は、もとはユダヤ教の中から生まれました。そのため基本的な思想の多くをユダヤ教から引き継いでいます。

そして、唯一全能の神を中心とした一神教でした。神の定めた律法に従って、正しく生きることが義務づけられます。そのため経典がとても重視されました。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はどれもこうした一神教であり、兄弟の様な関係性にあると言えます。

ローマ・カトリック教会の台頭

そしてローマ帝国の末期において国教とされてから、キリスト教はヨーロッパ中に広まっていきました。

キリスト教はローマ帝国の内部で成長し、やがて体制の中に溶け込んだのでした。古代ローマの残した最大の遺産と言えるかもしれません。

そしてキリスト教は、続くフランク王国でも受容され、さらにその勢力を拡大すると、各地に教会が建てられていきました。

この様に中世において、教会という組織が非常に巨大化していきます。教皇を頂点とする、ローマ・カトリック教会の発展です。

教皇制度が中世において圧倒的な威信を誇る様になったのは、ローマ教会の歴史的な重要性と言うよりも、また別の理由がありました。

まずローマという都市の重要性があげられます。ローマは過去何世紀にも渡り、帝国の首都であり世界の中心でした。

もともとローマ司教は強い権力を持っており、ローマから皇帝がいなくなったあとは、より一層その地位が高まっていったのでした。

そのため早くからローマ教会は富を築いており、巨大な管理機構を組織できたのです。そして5世紀からローマ司教を「教皇」とする、教皇制度が始まったのでした。

また、西ローマ帝国が滅んだあとも、東ローマ帝国は存続していました。東ローマ帝国、いわゆるビザンツ帝国では、正教会という宗派が信仰されました。その後、正教会はロシアや東欧において広く信仰されることになります。

かくして中世の文化には、キリスト教の影響が強くあらわれています。そして現代においても、キリスト教は欧米を中心に広く信仰される、世界最大の宗教です。

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