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暗黒時代とされた中世ヨーロッパという時代の再発見

「中世」という言葉がヨーロッパで使われ始めたのは、おおよそルネサンス期の頃とされています。

もともとこれは、ヨーロッパ独自の歴史観に基づく、かなり否定的な意味合いを含んだものでした。

つまり、「近代」と「古代」の中間に位置する、ほとんど重要性のない時代という認識があったのです。

ルネサンス期には、長く忘れられていた古代ギリシア・ローマが再発見され、その偉大な文化に人々は魅了されていました。

自分たちの生きる時代は、かつての偉大なる古代の再生である、という考えが当時のヨーロッパ人の間に生まれます。

そして、その間に横たわる期間は、単なる空白期間に過ぎないという見方がされたのでした。暗黒時代という言われ方もします。

その後、ヨーロッパの歴史において千年もの期間を占めるこの時代が、ただの空白期間ではなかったという認識が、少しずつ広まっていきました。

それから、今までの埋め合わせをする様に、ヨーロッパの人々はこの失われた時代を賛美し理想化する様になったのでした。

古代ギリシア・ローマが、ルネサンスの時代において再発見された様に、中世ヨーロッパもまた再発見されたのです。

そして現代においては、その価値は広く認められ、様々な芸術文化の中でも、モチーフとしてよく取り扱われています。

では長らく忘れ去られていた中世と言う時代が、また注目され始めたのは一体いつのことだったのでしょうか。

これは、主に19世紀の頃だと言えます。

この時代に中世の要素が再評価され、新たな芸術様式や文化運動が生まれていったのです。こうした芸術運動は、文学、美術、音楽、建築など様々な分野に広まっていきました。

具体的には、ロマン主義、ラファエル前派、ゴシックリバイバルなどの運動が代表的です。これらの芸術様式は、中世の要素やテーマ性を取り入れて、新たな文化運動やデザインの方向性を形成しました。

まず19世紀頃のヨーロッパは、産業革命により急速な工業化や都市化が進行し、新たな技術や社会構造が出現していった時期でした。

このような劇的な変化が進む中で、人々は過去の時代や価値観に対する関心を抱き、中世の要素や価値を再評価する傾向が見られたのです。

これはルネサンスにおいて、古代ギリシア・ローマが再発見されたことに似ていると言えます。

つまり、近代化という劇的な変化が進んでいく過程の中で、新たな時代における新たな価値観として、中世がまた再発見されたのです。

新しい時代においては、人々は新しい価値観を探し、それを古典の中に見出そうとする傾向がある、と言えるかもしれません。

中世ヨーロッパの教科書

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