中世ヨーロッパは長らく「暗黒時代」と呼ばれてきました。しかし12世紀になると、学問や思想、文化が大きく発展する転換期を迎えます。
この知的復興は後に「12世紀ルネサンス」と呼ばれ、近代ヨーロッパの礎を築いた重要な出来事とされています。
その背景にあったのが、イスラム世界との交流でした。
そして、この運動は「大翻訳時代」とも呼ばれ、哲学、医学、数学、天文学など幅広い分野に大きな影響を与えました。
この記事では、12世紀ルネサンスと大翻訳時代の概要を解説するとともに、中世イスラム世界がヨーロッパにもたらした恩恵についてわかりやすく紹介します。
中世ヨーロッパを本当に理解するためには、イスラム世界との関係と、その影響を知ることが必要不可欠です。
なぜなら、中世の初期において大きく没落したヨーロッパがまた息を吹き返せたのは、イスラム世界からもたらされた文化のおかげだったからです。
具体的には、数学や医学や天文学などの様々な学問になります。それらの発展した学問がイスラム世界からもたらされ、ヨーロッパ世界を大きく成長させることになったのです。
中世ヨーロッパがこれほど大きな恩恵をこうむった文明は、イスラム世界の他には無いでしょう。
実はイスラム世界は、西洋世界が中世の初期に手放した、古代ギリシア・ローマの学問を引き継いでいました。
7世紀に出現したイスラム世界は、西アジアを中心に巨大な王国を築き上げます。そして、西洋社会では禁書とされたギリシアの学術書を、次々とアラビア語に翻訳していったのです。これは主に、アッバース朝における功績でした。
これによりギリシアの学問を取り入れ、文化が飛躍的に発展していきます。そして特に数学、医学、化学、天文学といった分野を発展させました。かくして当時のイスラム世界は、世界最高の文化水準を持つに至ります。
ちなみに「アルゴリズム」という言葉は、中世イスラムの数学者、アル・フワーリズミーが由来です。「アルコール」や「アルケミー(錬金術)」なども、同様にイスラムの言葉を起源とします。
そして12世紀頃になると、十字軍の遠征などを契機に、ヨーロッパ世界とイスラム世界の接触が増えていきます。さらに商業の発展や、翻訳運動などの高まりと合わさり、イスラムの進んだ文化がヨーロッパにもたらされたのでした。
こうした要因により、ヨーロッパ世界が学問を取り戻し、文化的に大きく発展していった時期を、「12世紀ルネサンス」と呼びます。
ヨーロッパで芸術文化が息を吹き返すのは、12世紀における学問の復興からでした。この12世紀ルネサンスは、イスラム世界によりもたらされたものだと言えます。
西洋が学問を取り戻す直接的なきっかけとなったのが「大翻訳時代」と呼ばれる運動です。
これはイスラム世界から流入した学術書を、大量に翻訳していった運動であり、その時代のことです。
主にシチリア王国とカスティリヤ王国(スペイン)の宮廷や学術機関において、イスラムの文献が次々と翻訳されていきました。
当時において、キリスト教とイスラム教の文化が共存していたのが、これらの場所でした。シチリアのパレルモや、スペインのトレドなどがその中心地です。
シチリア王を兼ねた神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世と、カスティリヤ王アルフォンソ10世が、これらの運動を主導したことで知られます。
どちらの王も学問を奨励し、また異文化への広い理解を持っていました。両者は中世ヨーロッパにおける文化的な発展に、多大な貢献をしたと言えるでしょう。
こうして中世ヨーロッパは、古代ギリシア・ローマの学問を呼び戻すと同時に、イスラム世界の進んだ科学も取り入れていったのでした。
この様にして、ギリシア・ローマ文化をはじめ学問を復興させると、ヨーロッパ世界は息を吹き返していきました。