ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、その生涯で数百通もの手紙を残しました。その多くは、最愛の弟テオに宛てたものです。
これらの手紙には、画家としての苦悩だけでなく、一人の人間としての喜びや孤独、希望が記されていました。
ゴッホという人物を知るうえで、貴重な一次資料といえるでしょう。
この記事では、公開されている原文をもとに、書簡002の日本語訳と背景をわかりやすく紹介します。
1872年、19歳の頃のゴッホは、ハーグの画商であるグーピル商会で働いていました。
この頃、弟テオの進路が決まります。テオもまた美術商となり、ゴッホと同じグーピル商会で働くことになったのでした。
ゴッホはハーグ支店に勤務していましたが、テオはブリュッセル支店に勤務することになります。
後に画家と画商として固い絆で結ばれる二人ですが、その始まりがこの手紙に記されています。
兄であるゴッホは、弟の新たな門出を心から喜んでいます。
親愛なるテオへ
父さんの手紙を読んで、とても嬉しい知らせを知ったよ。
心からお祝いを言いたい。
きっと君も新しい仕事を気に入るだろう。
本当に素晴らしい仕事だからね。
君にとっては大きな変化になることだろう。
私にとって何より嬉しいのは、これから私たちが同じ仕事に就き、同じ会社で働くことになることさ。
これからはたくさん手紙をやり取りしよう。
君が出発する前に、もう一度会えたらいいと思う。
その時は、まだまだ話したいことがたくさんあるんだ。
ブリュッセルはきっととても楽しい街だと思う。
とはいえ、最初のうちは慣れなくて戸惑うこともあるだろう。
とにかく、できるだけ早く手紙を書いてほしい。
それでは、さようなら。
これは急いで書いた短い手紙だけれど、この知らせがどれほど嬉しかったかを君に伝えたかった。
元気でいてほしい。
そして、これからも変わらぬ兄の愛情を信じてほしい。
君を愛する兄ヴィンセントより
追伸
こんなひどい天気の中、毎日オイステルウェイクまで通学するのは大変だろうね。
この手紙にも、兄として弟の将来を心から喜ぶ気持ちが率直に表れています。
この時点では、二人とも美術商になる予定でした。
しかし、私たちは後の歴史を知っています。
ゴッホが画商を辞めて画家になるということを。
結果として、ここから美術史上もっとも有名な兄弟関係の一つが生み出されていきます。
その長い物語の始まりが、この短い手紙の中に静かに記されているのです。