中世ヨーロッパでは、11世紀以降になると、貿易港や交易の中継地として発展する都市が現れていきました。
新興の都市は、交易ルートに沿った拠点として、発展していくケースが多かった様です。中世の都市は、商業活動と密接な関係を持つ形で誕生していったのです。
まず十字軍の遠征などの影響で遠隔地商業が盛んになり、イタリア諸都市が繁栄します。地中海地域における東方賀易で栄えたヴェネツィアやジェノヴァが代表です。コショウなどの香辛料や絹、ペルシャ絨毯、宝石などの高級品を取引しました。
特にヴェネツィアは、イスラム世界やビザンツ帝国などとの交易によって大きな繁栄を遂げていました。この商業都市において、銀行業が初めて誕生します。さらにミラノやフィレンツェなどの諸都市も発展していきました。
一方、北方では北海やバルト海沿岸地域の諸都市が発展を始めていました。毛織物や海産物、材木、鉱石、塩、毛皮などの日用品の取り引きが活発に行われました。
中世において航海技術が向上したこと、北方で産出される資源への需要が高まっていたことなどが、北方地域の商業が発展した要因とされます。そしてハンザ同盟のような都市同盟が、さらにその発展を促しました。
また、ヴァイキングの活発な活動も影響しています。ヴァイキングは優れた航海技術を持っており、バルト海、北海、大西洋における新しい交易ルートを開拓し、海洋貿易を行いました。彼らの活発な活動により、中世ヨーロッパにおける商業圏が拡大したのでした。
この様に中世ヨーロッパの経済は、北方商業圏と地中海商業圏という二つの商業圏を中心にして発展していきます。
さらに、この両貿易圏を結ぶ交易も盛んになります。なかでも、シャンパーニュの大市は、12~13世紀にかけて大いににぎわいました。南北両貿易圏の産物に加えて、フランドル地方の毛織物やフランス産ワインなどが集まりました。
また穀倉地帯が近く、セーヌ川の水運にも恵まれたパリは、これらの商業圏を結ぶ中継拠点として栄えていきました。
そして13世紀後半に入ると、北イタリアの諸都市が、ガレー船を用いた海上大量輸送を始めます。両貿易圏が、海上交易でも強く結ばれていったのでした。海上交易が盛んになるにつれ、内陸のシャンパーニュは衰退していきます。
一方で、フランドル地方のブルージュが、金融・貿易の一大拠点として繁栄します。金融業者たちが銀行業務を行うのに、海上交易の要所であるブルージュに、こぞって支店を置いたためです。
そして銀行家たちは、やがてパリやロンドン、北イタリア諸都市などに支店をおいて金融・商業の情報網を築き、巨大資本へと発展していったのでした。