DTR114681 The Wedding Dance, c.1566 (oil on panel) by Bruegel, Pieter the Elder (c.1525-69); 119.3x157.4 cm; Detroit Institute of Arts, USA; City of Detroit Purchase; PERMISSION REQUIRED FOR NON EDITORIAL USAGE; Flemish, out of copyright PLEASE NOTE: The Bridgeman Art Library works with the owner of this image to clear permission. If you wish to reproduce this image, please inform us so we can clear permission for you.
中世ヨーロッパの人々は、どのように生まれ、どのように結婚し、そして人生の終わりを迎えたのでしょうか。
この記事では、中世ヨーロッパの人々の人生に焦点を当て、出生やと死、そして結婚のあり方についてわかりやすく解説します。
中世を生きた人々の日常と価値観を通して、その時代の暮らしの実像に迫っていきましょう。
中世ヨーロッパにおけるライフサイクルは、今とは全く異なるものでした。
まず「多産多死」というのが、中世社会の基本的な姿です。女性は多くの子供を産むのが普通であり、また同時に、死は日常生活の一部と言えるほど頻繁に起こるものでした。
中世ヨーロッパでは、まだまだ医術と公衆衛生が未発達だったのです。そのため、せっかく生まれても病気がちで、短命な場合が多くありました。また出産にもかなりの危険が伴います。母子共に出産時に命を落とす確率が、かなり高かったと思われます。
なので、中世ヨーロッパにおいて無事に大人になれたのであれば、幸運な者たちだったと言えるかもしれません。
こうした状況のため、必然的に平均寿命はかなり短く、また結婚年齢も早いものでした。例えば、詩人のダンテは20歳にはもう結婚していましたが、これは比較的よくあることでした。
また死亡率が高かったせいで、女性は夫と死別することが多く、再婚するのが普通でした。
中世ヨーロッパでは、現在とは比べものにならないほどの多産多死社会だったので、女性の初婚年齢は早く、多くは10代後半には結婚していました。結婚できる最低年齢も男女共に低かった様です。
自由恋愛というよりも、家同士の結びつきなどが重視されました。個人の意見よりも家族の意向が優先されます。
貴族などの有力者の場合は、政略結婚が当たり前でした。死亡率の高い幼児期を過ぎた5〜6歳で婚約させることもしばしばでした。
しかしながら、結婚が人生の一大転機だったことは現代と変わりません。結婚の宴は、村や街をあげての一大イベントとして盛り上がりました。
そしてキリスト教においても、結婚は重要なものとして扱われています。洗礼や終油などと同様に「秘跡 (サクラメント)」の一つとされ、司祭立会いの下で行われる、重要な儀式とされました。
秘跡とは、キリスト教において、神の恵みのしるしとして信徒に施された儀式のことです。カトリック数会では、12世紀頃に「洗礼・堅信・聖体・告解・結婚・叙階・終油」の7つに定められました。
プロテスタントでは「礼典」と呼ばれ、洗礼と聖体のみを行います。また正教会では「機密(ミスティリオン)」と呼ばれます。
人々は所属する教区教会で秘跡を受け、祝祭を行うことで人生の画期としました。