経済・財政

日本の生きづらさや閉塞感の元凶!財政破綻論と自己責任論を徹底解説!

「この国はどこかおかしい」

日本で生きていれば、誰もが感じると思います。

なぜこんなにも生きづらく、閉塞感が満ちているのでしょうか?

なぜ大人も子供も、希望を持っていないのでしょうか?

それには根本的な原因が存在します。

財政破綻論と自己責任論が、諸悪の根源なのです。

明確な根拠と共に、そう言い切れます。

様々な要因も合わせて、徹底解説していきます。

そして、その打開策まで紹介します。

書きたいことが多くて、かなりのボリュームになってしまいました。目次から好きなコンテンツに飛んでください。

財政破綻論と自己責任論

日本社会の生きづらさの根本的な要因は何でしょうか?

ハッキリと具体的に、これだと言えるものがあります。

それが、財政破綻論自己責任論です。

この二つはセットです。

刺身に醤油、とんかつにソース、ぐらいのセット具合です。

お互いを補完し合う、最強で最悪のコンボです。

この国の生きづらさや閉塞感を生む、諸悪の根源であると断言出来ます。

そう言える確かな根拠が揃っています。

この二つが生み出すのは破滅だけなんです。

未来や希望を潰すものなんです。

それをこの国では、あろうことか政府が主導しています。

つまり政府が自ら、国家的な自殺を続けているのです。

国家経営の最高機関である政府が、間違い続けているのです。

生きづらくなるのは必然です。閉塞感が満ちるのは当然です。

財政破綻論

財政破綻とは、政府が債務不履行に陥ることです。つまりは、政府がお金がなくて借金を返せない状況です。

最近では、ギリシアやアルゼンチンが財政破綻しています。

日本も借金が増えると同じようになる!というのが財政破綻論です。

これが、この国における最悪のデタラメです

凝り固まった固定観念です。

財務省がマスコミなどを利用して、国民に刷り込み続けてきました。

日本は絶対に財政破綻しません。

論理的に破綻しようがないのです。憶測や推測でなく、ただの事実です。

皮肉なことに財務省自身が言っています。

日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。

外国格付け会社宛意見書要旨より

地球が丸いことや、空が青いことと同じです。客観的な事実なんです。

政府は円で借金をしています

政府は円をつくることが出来ます

どうやれば破綻できるのでしょうか?

「お金返してー」と言われたら、

「分かった、今つくるわー」で済むのです。

つまり、返済出来ないという事態が、起こり得ないのです。

と言うか、そもそも政府の借金に返済の必要はないのですが。

単純に考えてください。

お金をつくれるのだから破綻はあり得ません。

小学生でも分かる単純なことなんです。

それを嘘で偽り、誤魔化し続けているんです。

将来世代にツケを回す!ハイパーインフレになる!などが財政破綻論の決まり文句です。どっちもあり得ません。

ではなぜ、ギリシアやアルゼンチンは破綻したのでしょうか?

とても簡単です。

ドルやユーロなど、外国の通貨で借金をしていたからです。

ギリシアやアルゼンチンは、ドルやユーロをつくれません。

政府は外国通貨はつくれないのです。

債務が返済能力を超えれば、当然破綻します。

この点を財政破綻論は無視します。

嘘とデタラメで、誤魔化し続けます。

何が何でも、財政破綻論が無いと困るのです。

あらゆる予算を削りまくる言い訳に、不可欠だからです。

消費税を増税し続けるために、欠かせないからです。

自己責任論の正当化に、有効だからです。

財政が破綻するー!と言っている財政破綻論そのものが、論理として破綻しているんですね。

自己責任論

この国を覆う最悪の空気が自己責任論です。

やさしさや思いやりが奪われ、弱者や困窮者を切り捨てます。

「あなたの生活が苦しいのはあなたの責任です。あなたの頑張りが足りなかったからです」

典型的な自己責任論はこんな感じですね。

言ってやりましょう。クソ喰らえと。

あなたのせいではありません。

総務省の調査で、全世帯の6割を超える世帯が、生活が苦しいと答えています。

国民の半数以上が、頑張りが足りていないとでも言うのでしょうか?

もちろん違います。

まず政府が、どうしようもないほど間違い続けているのが原因です。

政府の間違いを、一人一人の自己責任にすり替えられ続けているのです。

そもそも、

税金を徴収している政府が、自己責任論を語ってはいけません

何のために税金集めてんだよ、と突っ込まなくてはいけません。

税金で飯を食ってるのに自己責任論を語るなど、図々しいにも程があります。

自己責任論を言うなら、そんなに税金を取るなと言ってやればいいのです。

何でみんなそれを指摘して、文句を言わないのでしょうか?

理由は財政破綻論です。

馬鹿げた自己責任論も財源がないと言えば正当化出来ます。

そう言われると、仕方がないと大抵の人は諦めてしまいます。

よく出来ていますね。

なので、財政破綻論と自己責任論はセットなのです

最強で最悪のコンボなのです。

普通じゃないことを、普通かのように振る舞えるのです。

例えば、料金を払って利用しているサービスに、

「今ちょっとお金無くて何もできないんですわー。自己責任でヨロです。」

と言われたら、腹が立たないでしょうか。

それと同じことを政府はしています。

財源問題を出せば、大抵の人は諦めさせることが出来ます。

財政破綻論と自己責任論の最強セットです。

あらゆる不公平や理不尽を、誤魔化し正当化します。

財源問題は壮大な茶番劇です。お金をつくれるのに、財源がないと言っているんです。「は?」と言ってやりましょう。

困っている人を真っ先に助けるのが、本来の政府の役目です。

おめでたいことに、その真逆をやっています。

日本では困っている人ほど、見捨てられ切り捨てられます。

その愚行を正当化するためのツールが、財政破綻論と自己責任論なのです。

それらのもとでは、困窮者や社会的弱者へのバッシングが盛んになります

自己責任社会の特徴と言えますね。

財源論とコストカットです。

みんな財源には限りがあり、余裕がないと思わされています。

だから切り捨てやすい弱者から、どんどん見捨てようとします

自分に回ってくる分が、減る恐れがあるからです。

何とか自分だけでも生き抜くためです。

人を思いやる余裕がないのです。

明らかな愚行ですが、財源が、自己責任が、と言えば正当化出来ます。

本当は、政府はいくらでもお金をつくれるのにです。

財源は税金だけじゃありません。必要な分だけ政府がつくれるのです。

現在では、生活保護、ひとり親、学生などがバッシングの対象として代表的です。

性暴力被害者の女性が、謂れの無いバッシングを受けることすらあります。

このように自己責任社会とは、生きづらさが極まった社会です

まず事実を知らないといけません。

財源問題など無いのです。

お金なんていくらでもつくれるのです。

政府が分かってないだけです。

分かっている人たち、気づいた人たちは、行動を起こし始めています。

思いやりや優しさ、親切や助け合い、それが本来あるべき社会の基本です。

弱者や困っている人ほど、優先的に助けるべきなんです。

それこそが生きやすい社会につながります。

「偽りの現実」が常態化している

今の世は嘘やデタラメが平気でまかり通っています。

「偽りの現実」が常に社会を覆い続け、それが普通であるかのように思われています。

現実の事態を、偽って説明され続けているのです。

そういった嘘偽りが、あまりに広く深く浸透しています。

デタラメなのに気づきにくいのです。

一見すると、辻つまが合っているように見えるからです。

それに政府やマスコミに言われれば、そうなんだと思ってしまいます。

  1. 国の借金が大変
  2. 財政が悪化すれば破綻する
  3. 消費税が必要である

これらが、日本における救いようのないデタラメです。

あたかも普通の当たり前と思わされています。

しかし、実はすべて嘘偽りです。

テレビで、新聞で、学校教育で、みんなこのデタラメを刷り込まれ続けてきました。

その結果、嘘偽りが常識となり、固定観念になってしまっているのです。

まるでSF小説のような話ですね。リアル20世紀少年といった感じです。

国の借金が大変?

「国の借金が大変です。国民一人当たり〜百万円です」

誰もが聞いたことのある文句だと思います。

救いようのない、どうしようもないデタラメです。

毎年のように財務省が発表し、マスコミがそのまま垂れ流しています。

もはや恒例行事と化した茶番劇です。

借金をしているのは政府です。国ではありません。

国家とは、政府も企業も国民も、この国のすべてを合わせた共同体のことです。

「国の借金」ではなく「政府の借金」と言うべきなのです。

「国民一人当たり」と言うのも非常に不適切です。

あたかも国民が借金をしているかのようです。

国民が負担したり返済したりする必要はありません。

と言うか、そもそも政府の借金に返済の必要はありません。

そして、政府に借金を貸しているのは民間や国民です。

国家から見れば、すべて国内で完結した貸し借りです。プラマイゼロです。

お分かりでしょうか?

国家としての日本に借金などありません。

重要なのでもう一度言います。

国家としての日本に借金などありません。

財政が悪化すれば破綻する?

「借金が増え続けると、財政が悪化して破綻する」

典型的な財政破綻論はこんな感じです。

繰り返しますが、財政破綻論は完全なデタラメです。

そもそも、政府の借金に返済の必要などありません

政府の借金は、企業や家計の借金とは違います。

政府の借金は、増え続けるのが当たり前で自然なことなのです。

それが今の資本主義の仕組みです。

悪いことではなく、そういうものなのです。

今までも、これからもです。

その事実を説明した理論が、MMTと呼ばれるものです。

正式には現代貨幣理論(Modern Monetary Theory)と言います。

MMTは経済政策だと勘違いしている人が多いです。

MMTはただの事実の説明です。進化論や相対性理論と同じです。

現代のお金の仕組みを説明したものです。ただの現状解説です。

やるやらないで議論するものではありません。

そもそも、政府の財政に悪化という事態など存在しません。

財政の赤字は増え続けるのが当たり前です。

財政の赤字と、企業や家計の赤字は違うのです。

政府の借金が増え続けることを、気にする必要はないのです。

基本的なルールだからです。

地球がまわっていることを、気にしなくていいのと同じです。

それで何か悪影響が出るものではないのです。

また上でも書いたように、政府の借金は国内で完結した貸し借りです。

繰り返しますが、国家としての日本に借金など無いのです。

ありもしないことで、不安を煽り続けているのです。

消費税が必要である?

「消費税は社会保障の財源として必要である」

総理大臣もよく言っていますね。

財務省が最も信じ込ませたいデタラメです。

消費税は必要ありません

というか、存在してはいけません。

消費税の存在意義は、財政破綻論とセットです。

財政が悪化しない様に、財源として消費税が必要である。

という主張になります。

まず財政破綻論が論理的に破綻しています。

なので消費税は、そもそもの存在意義からして破綻しているのです。

というか、消費税があるから、景気が悪化して不況になります。

緊縮財政と共に、デフレ不況の原因です。

結果的に、全体で見れば税収も下がります。

税収が下がるのだから、財源も何もありません。論外です。

そもそも、消費税を上げ続けているのに、生活が豊かになっていません。

むしろひどく悪化しています。

それが、消費税が不要であることの何よりの証明です。

データを示すまでもありません。

また収入の少ない人ほど負担が大きい、格差拡大装置でもあります。

社会保障の財源など、政府がお金をつくればいいだけです。

いくらでもお金つくれるのですから。

消費税を財源にする必要性は皆無です。

しかしあまりに長い間、このデタラメのプロパガンダが流され続けてきました。

消費税が必要だというデタラメです。

学校教育すら利用して、洗脳してきました。

そして今では、ほとんどの人が騙されています。

めでたいことに、総理大臣がその筆頭です。

財務省がマスコミなどを使って、この嘘を広め続けました。

そして、この嘘が社会的な常識となり、固定観念となってしまったのです。

まるでSF小説のような話です。

完全なデタラメを、社会の常識にしたのです。

さすが国家権力です。

消費税は、あってはいけません。

なぜなら、景気を悪化させるからです。

経済の成長に著しい悪影響を与えるからです。

格差を拡大するからです。

消費税と緊縮財政が、デフレ不況の原因だからです。

説明責任が問われない日本社会

日本社会の致命的な欠陥に、説明責任の無さがあります。

英語ではアカウンタビリティ(accountability)と言います。

日本の政治システムの中には、説明責任を負う者が欠けています。

または、十分な説明責任を果たさなくても許容されます。

政府や大企業を見ていれば、誰でも分かると思います。

デタラメと嘘と誤魔化しで乗り切れるのです。

違法行為をしても、原発が事故を起こしても、誰も説明責任を果たしません。

都合の悪い質問には、曖昧であやふやな回答をします。

これを官僚話法と言います。

責任の帰属を明確化することを避け、曖昧で抽象的なことばかりを言います。

説明責任を果たさない政治家や政党は、すぐに退散させるべきです。

ところが日本では、説明責任を果たさなくても選挙で勝てます。

投票率が低いので、党の組織票だけで勝てるからです。

つまりは、国民は舐められ続けているのです。

完全に舐められているのに、それを許し続けています。

そうした、舐めた態度を許さないために選挙に行く必要があります。

説明責任を果たさないことを許してはいけません。

投票に行かないということは、舐められても文句を言えないということです。

国家経営は企業経営と同じではない

国家経営と企業経営を同一視している政治家が多いです。

行政サービスの縮小、民営化の拡大、財政のコストカットなどを是とする考え方です。

なるべく財政出動を減らそう、

なるべく政府の事業を民間に託そう、

といった考え方です。

要は、小さな政府ですね。

これはアメリカで生まれたもので、新自由主義と言います。

自己責任を基本とし、グローバリズムを推進します。

日本では2000年代の小泉政権下で本格的に導入されました。

そして今でも継続されています。

さて、これらは国家経営に有効だったのでしょうか?

答えはハッキリ出ています。

全くの逆効果です。

経済成長を鈍らせ停滞させてきました。

なぜなら、国家経営と企業経営は同じではないからです。

政府は赤字にならないとダメ

新自由主義とは「企業を経営するように国家を経営しよう」という考えです。

企業経営の考えを、そのまま政治に取り入れたものです。

行政サービスの縮小、民営化の拡大、財政のコストカットなどが特徴です。

一見良さそうに思えるかもしれません。

しかし、決定的に間違っています。

国家経営においては、全くやるべきことが逆なのです。

国家における、お金の仕組みを分かっていません。

ビジネス感覚が有効なのは、企業や家計においてです。

政府の赤字を抑えてはいけないのです。

どういうことか、分かりやすく説明していきます。

誰かの支出は誰かの収入である

誰かの借金は誰かの資産です。

誰かの赤字は誰かの黒字です。

誰かの支出は誰かの収入です。

お金には必ず、こうした表裏一体の関係性があります。

例えば、お肉屋さんでコロッケを買ったとします。

自分にとっては支出です。

お肉屋さんにとっては収入です。

誰かがプラスのときは、必ず誰かがマイナスなのです。

そもそもお金は借金と共に生み出されます。

これがお金の仕組みの基本です。

政府が赤字のとき黒字になるのは誰か

では、国家経営の話しに戻りましょう。

政府の財政であっても、お金の表裏一体の関係性は同じです。

そうすると、政府が赤字のとき、黒字になっているのは一体誰でしょうか?

そうです。

黒字になっているのは国民です。

政府と表と裏の関係性にあるのは国民なのです。

つまり政府が赤字になるほど、国民の資産が増えます。所得が増えます。

これが本来やるべきことです。

国民の所得が増えれば、消費も増えます。

消費が増えれば、景気が良くなり経済が成長します。

だからこそ、政府の赤字を抑えてはいけないのです。

ビジネス感覚を政治に持ち込むな

ビジネス感覚の国家経営を再度確認してみましょう。

新自由主義の考えでは、政府の赤字をなるべく減らそうとします。

行政サービスを減らし、コストカットや民営化を進めれば、政府の赤字は抑えられるでしょう。

でも、政府の赤字は国民の黒字でしたね。

つまりどういうことか。

結果的に、「国民の資産をなるべく増やさない」ということをしているのです。

経済やお金の仕組みを分かっていない、明らかに間違えたやり方です。

これは嬉しいでしょうか?

誰か得をするのでしょうか?

国民が豊かになることが出来ず、経済の成長が鈍り停滞します。

それが新自由主義です。

ビジネス感覚による国家経営です。

自己責任によるビジネス感覚が有効なのは、あくまで企業経営においてです。

国家経営においては全く逆です。

だから、ビジネス感覚を政治に持ち込んではいけないのです

「どうせ国にはお金がない」という間違い

日本が変われない要因に、人々の無力感や諦めに近い感情がある気がします。

「仕方がない」「どうせ何を言っても無駄」という感情です。

そしてその根本に「どうせ国にはお金がない」という誤った認識があるように思えます。

そうです、財政破綻論です。

多くの人が生活が苦しくて困っています。

しかし、政府に文句を言ったり、改善を要望したりしません。

税金を払っているのにです。

自己責任論の影響も大きいでしょう。

生活が苦しいのは人々のせいではありません。

政府の間違いのせいです。

本来なら政府に「何とかしろ」というべきです。

それは権利であり、市民として当然のことです。

それをせずに先に諦めてしまいます。

政府にはお金がない。だから頼ってもどうせ無駄。

そう考えてしまっているのだと思います。

事実は全く逆なのです。

政府はいくらでもお金をつくれます。

政府はいくらでもお金をつくれる

「お金をつくり出す」

そのスーパーパワーを持っているのが政府です。

通貨発行権というやつです。

政府はいくらでもお金をつくれるのです。

まるで魔法のようですが事実です。

正確には、国債発行のプロセスの中で、銀行においてお金がつくりだされます。

これを信用創造と言います。

信用創造に至る国債発行のプロセスは、ややこしいのでここでは省きます。

そして政府がお金をつくるほど、国民の所得が増えます。

国民の所得が増えれば、消費が増え景気が良くなります。

生産性もGDPも上がり、経済が成長していきます。

なので、景気が回復するまで、どんどんお金をつくればいいのです。

お金の発行の仕組み「信用創造」

まずお金をつくり出しているのは、正確には民間の銀行です。

日銀ではありません。

銀行がお金を貸すときに、借金と共にお金が生み出されます。

これが信用創造です。

ここで重要なのは、銀行が今あるお金を貸している訳ではない、ということです。

文字通り、新しくお金を創造して、貸しているのです。

さらに重要なのが、お金は借金と共に生み出されるということです。

お金は必ず、同額の借金と共に存在します。

なので、借金が返済されて無くなれば、お金も同時に消えます。

これが、お金の発行の仕組みです

ちなみに、主流派経済学者はこの事実を知りません。銀行が今あるお金から、貸し出しをしていると思っています。

なぜ政府はいくらでもお金をつくれるのか

お金は銀行がお金を貸すときに、借金と共に生み出されます。

つまり、お金をつくり出すには借り手が必要です。

そして銀行は、返済能力が見込める相手でないと、お金を貸せません。

逆に言うと、返済能力がある相手には、いくらでもお金を貸せます。

相手の返済能力が続く限り、お金を貸し続けられるのです。

最も返済能力を持つ借り手は誰でしょうか?

そうです、政府です。

政府は、絶対に破綻しない最強の借り手です。

ラスボスをワンパンで倒せる、チートキャラの如き強力な存在です。

そのため政府は、国債発行によってお金をいくらでもつくれるのです。

お金をつくる上限はインフレ率

政府は破綻することがないので、論理的には無限にお金をつくれます。

しかし、お金はつくりすぎると、インフレが行き過ぎる可能性もあります。

そうならない様に、インフレターゲットという指標が存在します。

これは物価の上昇指数が、どの範囲に収まれば安定した経済状態になるか定めたものです。

なので、

インフレターゲットの範囲において、政府はいくらでもお金をつくれる

と言うのが正確なところです。

まず、景気が回復するまでは、どんどんお金をつくります。

そして不況を脱したら、インフレターゲットを見ながら、お金のつくる量を調節すればいいのです。

官僚組織と経済団体による支配的な管理体制

国家における主権者は国民です。

そして国民に選ばれた政治家が、国家を運営します。

しかし実際に力を持ち、国の方針を決定づけている勢力がいます。

日本においては、官僚組織と経済団体がそれです。

具体的に言うと、財務省経団連がその代表です。

本来は、政治家が主導的に国家を運営するものです。

政治家は国民が選んだ代表だからです。

しかし日本では、政治に官僚組織と経済団体が強く介入しています。

形の上では、政治家が国の方針を決めています。

しかし実際は、官僚組織と経済団体の意向に沿ったものがほとんどです。

彼らの利害に沿うものは、どんどんと決まっていきます。

国民のためになることは、すべてそれらのあとです。

なかなか決まらず、最も後回しです。

10万円の一律給付を思い出してください。

決まるまでも、決まったあとも、異常なスピード感の無さでした。

何もかもが遅かったです。

オリンピックの延期決定を思い出してください。

何よりも早く決まりました。異様なスピード感でした。

オリンピックの開催を望んでいるのは誰ですか?

言うまでもありません。

なぜ彼らの力はそれほどまでに強いのでしょうか?

理由は簡単です。「お金」です。

最もお金の力を握っているものたちだからです。

財務省

財務省は国家の財政を管理する省庁です。

つまり、国家予算を管理する権限を持っています。

故に、省庁の中でも財務省は圧倒的に力を持っています。

多くの政治家、財界人、知識人を取り込んでいます。

そして、国民に嘘とデタラメを流布し続けています。

冒頭であげた救いようのないデタラメは、すべて財務省主導によるものです。

その目的は、財政の支出を減らすこと。増税をすることです。

つまりは緊縮財政と、消費税の増税です。

国家を豊かにすること、国民を豊かにすることを考えていません。

緊縮と増税がすべてです。

国家や国民にとって、破滅的なことをし続けています。

あらゆる予算を削りたがり、消費税を上げたがります。

それらの正当化のために、財政破綻論というデタラメを広めているのです。

経団連

経団連は、日本経済団体連合会という名の組織です。

東証一部上場企業を中心に、日本経済の有力企業が多く加盟しています。

「財界総本山」とも称されます。

個人的には「老害総本山」と言いたいところです。

また、自由民主党の最大の支持母体でもあります。

多額の政治献金を行っていて、政界・経済界に非常に影響力を持っています。

その利害が、国家運営に大きく反映されてきました。

派遣法はなぜ無くならないのでしょうか?

消費税をなぜ上げ続けるのでしょうか?

原発をなぜ今だに稼働するのでしょうか?

これらはすべて、経団連が政治に要望を提出しています。

彼らの利害に一致するからです。

そして、経団連の要望は必ず実現されてきました。

つまり、彼ら経済界の利害を最優先して、この国の政治は動いているのです。

日本で何が行われ続けてきたのか?

日本がずっと、深刻な不況であることはご存知でしょうか?

平成の始まりから今にかけてずっとです。

デフレという最悪の経済状態にあります。

デフレとはデフレーションのことで、物の値段が下がり続ける経済状態です。

デフレになると不況になり、経済成長がなくなります。

成長がないとは、未来や希望がない状態のことです。

そして、日本ほどデフレが長く続いている国はありません。

経済成長率を見れば一目瞭然です。

グラフの一番下にある、あわれな国が見えるでしょうか?

日本はずっと経済成長していません。

成長率が世界最低なのです。

先進国でさえ、日本以外はどの国も成長しています。

日本だけがマイナス成長です。

緊縮財政と消費税が原因です。

好景気は嘘偽りのデタラメです。

大企業だけが、一方的な搾取で儲けていただけです。

労働者の平均的な収入は下がり続けています。

この長い不況の間、日本で一体何が行われてきたのでしょうか?

それはとてもシンプルです。

「労働者の富が大企業に奪われ続けた」

というのが偽りのない事実です。

直接的ではなく、間接的に、合法的にです。

単純に考えてください。

なぜ経済成長していない日本で、大企業は業績を上げ続けられたのでしょうか?

政府は消費税を上げ続けました。

同時に法人税を下げ続けました。

大企業は人件費を削り続けました。

国内の所得は、どこからどこに移動するでしょうか?

大企業は業績を上げ続け、労働者は収入を下げ続けました。

この間において、国内の総所得(GDP)は全く増えていません。

富がどこからどこに行ったのか、それは誰が見ても明らかなのです。

大企業は国内の所得を、一方的にむさぼり続けました。

政治と一丸となって合法的にです。

労働者や中小企業は、どんどんと収入が減りました。

それがこの国でずっと起こってきたことです。

劣悪な日本の労働条件

日本の労働環境や労働条件は、先進国の中でも最悪です。

およそ他の先進諸国では、受け入れられないものです。

しかし、日本ではそれを甘受するよう求められます。

みんなそうだから、それが普通だから、

という固定観念に支配されているためです。

そのおかしさに、本当は誰もが気づいていると思います。

社畜という言葉が一般化したのも、その表れだと思います。

新卒一括採用も固定観念の代表です。

あの壮大な茶番劇が、日本では常識となっています。

また、まともな労働条件の仕事はごく僅かです。

そして、その少ないパイの奪い合いを強制されるのです。

理不尽さ、不公平さ、心身を病むのも無理ありません。

世界最悪のデフレ不況に加えて、劣悪な労働条件のダブルパンチです。

泣きっ面に蜂、どころではありません。

生きづらさや閉塞感を感じない方が無理です。

正社員はリアル奴隷

日本の正社員は奴隷よりも奴隷的です。

いわゆるサラリーマンですね。

彼らは人生のほとんどの時間を会社に奪われます。

ほとんど会社と一体化していて、その持てるほとんどを差し出しています。

夢や情熱など、持つ暇や余裕はありません。

仕事以外に対する余力は、ほとんど残りません。

給与は非正規よりはマシですが、十分な見返りとは言いがたいです。

また一旦正規になると、簡単に辞められないというデメリットがあります。

収入や世間体を気にするからです。

心身を壊すくらいなら、さっさと辞めた方がいいと思います。

いじめを受けている子供が、無理して学校に行かなくていいのと同じです。

働き方はいくらでもあります。自身の健康が何より大切です。

なので非正規だけでなく、もともと正規も含めて日本の労働条件は劣悪なのです。

派遣など非正規はただの部品

派遣社員などの非正規は、人とすら扱われません。

代えのきく部品でありコマです。

正社員は社畜の奴隷ですが、派遣社員は奴隷ですらないのです。

ひたすら安く使い捨てるための道具です。

交通費がない。ボーナスがない。有給が少ない。退職金がない。冠婚葬祭の手当てがない。

普通に考えて、労働条件として受け入れられるものではありません。

ですが、これも固定観念化されてきました。経団連や政府によってです。

非正規になると、食べるのがやっとのギリギリの生活になります。

中流階級がどんどん減り、多くの人がこの状態になっています。

派遣で働かざるを得ない時は、労働基準法を必ず知っておきましょう。

何かおかしいと感じたときは、労働基準法と照らし合わせるといいです。

労働法違反が疑われる際は、労働基準監督署に相談しましょう。

NPOの支援団体などもいいと思います。

政治に関心を持つ余力がない

上であげたように、日本の労働環境は劣悪です。

時間や体力を取られすぎて、人々には余力が残りません。

今までは、社蓄として奴隷化させられてきました。

今はさらに酷く、コマとして部品化させられています。

自分の自由になる時間が少ないので、実生活のこと以外に注意が向きません。

なので、政治に関心を持つこともなかなか出来ません。

そして政治を言いように操られ、時間と金を経済界に奪われ続けます。

本当によく出来た負のサイクルだと思います。

民主主義国家に生きる以上、政治に関心を持たねばなりません。

政治に参加しないといけません。

そうしなければ、権力の好き放題です。

いつまでも利用され、食い物にされます。

残念ながら、今のところずっとそうなのですが。

日本は封建時代から、「お上まかせ」という良くない伝統があります。

任せきりはいけません。

上からの言うことに、ただ従っていてはいけません。

政治に参加しなければ、好き放題されても文句を言う資格がありません。

権力に従順な下僕になるということです。

舐められ続けるということです。

僕はそんなのは絶対に嫌です。

国家にとって最も重要なものは何か

あなたがいないと、この国は始まりません。

なのに政府は、簡単に見捨てて切り捨てようとします。

国家にとって何が大切か、分かっていないからです。

国家にとって最も重要なのは国民です。

また、その国にある資源です。

お金ではありません。

ワンピースでも言ってましたね。

どこまでいっても、重要なのは人です。

人が生み出す、モノやサービスといった実体価値です。

お金に実体価値はありません。これが重要なポイントです。

お金はただの数字です。本質的な価値は無いのです。

無人島に遭難したと考えるとよく分かります。

札束と食料のどちらが役に立つでしょうか?

言うまでもありませんね。

「本質的に価値があるのはお金ではない」

この事実に気がつくことが、決定的に重要なのです。

もちろん、お金が重要でないと言っているのではありません。

本質的な価値があるのは何か、という話しです。

人の生み出すモノやサービス、また人の持つ限られた時間。

これらが本質的な価値を持つものです。

国家にとって最も重要なものです。

日本を変えるための基本的な概念

日本を生きやすい国にするには、どうすればいいでしょうか?

財務省や経団連を潰せば良くなるのでしょうか?

重要なのは国民一人一人です。

右とか左とか関係ありません。

一人一人が自分で考えて行動することです。

財務省や経団連を無くせばいい訳でもありません。

まず事実をしっかりと知ること。

そして、ちゃんと市民として政治に参加することです。

また、いきなり世の中を変えるのは無理です。

結果をすぐ求めてはいけません。

少しずつでも、変化を積み重ねていくことが重要です。

諦めず、根気強く、市民意識を持ち続けることです。

政治以外に変える方法はない

国家にとって最も重要なのは国民です。

まず国民を救わない限り、日本は救われません。

そうしなければ、成長のない状態が続き、没落し続けます。

国民を救い、豊かにすることが出来れば、日本もまた成長出来ます。

そしてこの国を救う方法は、政治以外にありません。

政治ならば、すべての国民を救うことが出来ます。

日本という国には、それだけの力があります。

まず、政府はいくらでもお金をつくることが出来ます。

誰一人見捨てることのない社会を、実現することだって可能なのです。

やれるのにやってないだけです。

仕組みを分かってないからです。

市民意識を持つ

政治によりこの国は変えられます。

誰も見捨てない社会を実現することが可能です。

理想論ではなく、ただの事実です。

ではその政治をあるべき形に変えるには、どうすればいいのでしょうか。

とても簡単です。

国民一人一人が自分で考え、ちゃんと政治に参加することです。

ただそれだけです。

それだけのことですが、実現出来たことはかつてありません。

そして、最も重要な政治参加は選挙です。

日本は先進国の中でも、投票率が低いです。

投票率は低いほど、権力は好き放題出来ます。

選挙がどれだけ重要なことか、知らなければいけません。

自分のために、家族や大切な人のために、選挙に行くことは決定的に重要です。

「仕方がない」「どうせ何をしても変わらない」

こういった思考を変える必要があります。

政治に対する、無関心や無力感から抜け出さなくてはいけません。

政府はいくらでも社会を変える力があります。

やってないだけです。何が出来るか分かってないからです。

緩い繋がりでいい。みんなで団結することです。

「選挙に行く」

その行為自体が、何より強力な団結の証しなのです。

反緊縮による積極財政

政府にはすべての国民を救う力があります。

しかし、その力を発揮せず、逆に抑え込んできました。

単純に、経済や財政の仕組みを分かっていないからです。

お金の仕組みを理解していないからです。

また、財務省によるプロパガンダや固定観念に囚われているからです。

自分たちに何が出来るか知らないのです。

国民を救うための、明確で具体的な方法があります。

それが、反緊縮の考えに基づいた積極財政です。

この国を救う唯一の方法と言えます。

「財政出動を積極的に行い、実体経済に投入していく」というものです。

要は、政府が積極的にお金をつくりましょう、という方針のことです。

財政出動とは新規国債発行のことです。

新規国債発行とは、お金をつくりだすことです。

信用創造による貨幣発行です。

信用創造により政府はいくらでもお金をつくれる、でしたね。

それ以外に、経済を成長させ、国家を豊かにする方法はないのです。

財政出動を抑えていいのは、景気が良すぎるときだけです。

デフレ不況のときに、財政出動を抑えるのは自殺行為です。

不況のときに最もやってはいけないことです。

真夏に水分補給を控えるようなものです。

  • 政府はいくらでもお金をつくることが出来る。
  • 政府が財政破綻することはあり得ない。
  • 政府の借金に返済の必要はない。

これが、積極財政の基本的な認識です。

積極財政をすると、まず単純に国民の所得が引き上がります。

実体経済に投資すれば、みんなに回るお金も増えるからです。

国民の所得が上がれば消費が上がります。

消費が上がれば景気が回復します。

生産も上がり経済が成長していきます。

当然、税収も上がります。

つまり、あらゆる問題を解決することが出来ます。

知は力なり

「民には知らしむべからず、依らしむべし」

封建時代の権力者の言葉です。

民衆が政治に無知で無関心であるほど、権力にとっては都合がいいです。

自分たちに都合の良いように、政治を動かしていけます。

政治的な無知無関心は、権力にいいように利用され続けることです。

なのに日本では、半数近くが投票に行きません。

みんなそんなに利用されるのが好きなのでしょうか?

舐められ続けることに我慢できるのでしょうか?

僕はそんなのは絶対にゴメンです。

たとえ社会が変わらなくても、政治には参加し続けます。

権力に利用されるのが大嫌いだからです。

まず、事実を知らない、ということが大きいと思います。

物事の仕組みを知らないと、それだけ権力に利用されやすくなります。

政治的な無知無関心を脱却しましょう。

選挙に行きましょう。

権力に利用されることを嫌いましょう。

権力が恐れることをしよう

権力に吠えづらかかせるのは好きですか?

僕は大好きです。

考えただけでワクワクします。

国民が選挙に関心を持つほど、権力はビビります。

選挙によって、権力を握れるかどうかが決まるからです。

なのに日本では、半数近くの国民が投票に行きません。

みんな、そんなに利用されるのが好きなのでしょうか?

舐められ続けることに、我慢できるのでしょうか?

僕はそんなのは絶対にゴメンです。

たとえ社会が変わらなくても、政治には参加し続けます。

権力に利用されるのが大嫌いだからです。

選挙に行かなければ、政治に文句を言う資格も無いからです。

権力を野放しにしてはいけません。好き放題にさせてはいけません。

しっかりと権力を監視して、抑え込むことが大切です。

それが本来の市民の勤めです。

権力の好き勝手にさせれば、いくらでも暴走します。

そして今のところ、権力は野放しでやりたい放題です。

政府を見ていれば、嫌でも分かると思います。

大企業最優先で、国民や中小企業は切り捨てます。

ねつ造や改ざんすら、当たり前のようにやってのけます。

権力者であれば、法に違反しても罪に問われません。

何故でしょうか?

簡単です。

国民は舐められているのです。

好き放題やっても責任を問われないから、怖くも何ともないのです。

好き放題やっても選挙に勝てるから、怖くも何ともないのです。

組織票があるから、

投票率が低いから、

余裕で選挙に勝てるのです。

そしてまたやりたい放題です。

権力があれば、違法行為をしても罪に問われません。

権力が無ければ、真っ先に見捨てられ切り捨てられます。

お金があれば優遇され、なければ冷遇されます。

この不公平に耐えられますか?

理不尽が許せますか?

僕は耐えられません。許せません。

文句を言うべきです。抗議をするべきです。

たくさん税金払っているのですから。

権力が最も恐れる抗議の形は何でしょうか?

政治に関心を持たれることです。

選挙の投票に行かれることです。

ならば、それをやってやればいいだけです。

投票率が上がれば上がるほど、彼らは好き勝手出来なくなります。

国民が政治に関心を持つほど、彼らの嘘やデタラメは剥がされていきます。

権力が恐れる市民であり続けましょう。

まとめ

日本の生きづらさの正体を、詳しく徹底解説してみました。

言いたいことが多すぎて、かなりのボリュームの記事になってしまいました。

財政破綻論と自己責任論、これがまず諸悪の根源です。

そして、一人一人の政治に対する無関心です。

政治に参加しなければ、権力に利用され続けます。

なので重要なのは、

なるべく正確な事実を知ること。

市民意識を持って政治に参加すること。

になります。

政治以外に、この国を救う方法はありません。

政治であれば、誰も見捨てない社会をつくることが出来ます。