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百年戦争とジャンヌ・ダルクの活躍|中世ヨーロッパの戦争

中世ヨーロッパでは、領土や王位継承をめぐって数多くの戦争が繰り広げられました。

その中でも、イングランドとフランスの間で約100年以上にわたって続いた百年戦争は、中世を代表する戦争として知られています。

戦争の終盤、劣勢に立たされていたフランスに現れたのが、ジャンヌ・ダルクでした。

この記事では、百年戦争が始まった背景や戦争の経過、そしてジャンヌ・ダルクが果たした役割について、当時の歴史の流れに沿ってわかりやすく解説します。

中世ヨーロッパの教科書

中世ヨーロッパの戦争

千年もの長きに渡る中世ヨーロッパの時代においては、実に様々な戦争が巻き起こりました。

中世の戦争には主に、十字軍やレコンキスタなどイスラム勢力との戦いや、アルビジョワ十字軍やフス戦争のような異端との戦い、またノルマン人やマジャール人など異民族との戦い、そして王国同士の戦いなどがありました。

教皇権の没落と王権の伸張が進んだ13世紀末ごろからは、百年戦争や薔薇(ばら)戦争など、戦争は国家間レベルで大規模化していきました。

そして、封建制が社会の中心的なシステムであった中世ヨーロッパにおいては、戦争における主役は騎士でした。戦いこそ彼らにとっての本職であり、また主君との間に交わされた契約でもあります。

騎士は鉄の鎧で身を固め、馬にまたがり様々な武器を手にして戦いました。戦争は騎士にとって名誉に関わることであり、また武勲を立て出世していくための機会でもありました。

百年戦争

中世ヨーロッパを代表する戦争と言えるのが「百年戦争」です。

イングランド王によるフランスの王位継承権の主張をめぐって、両国間で散発的に戦闘が勃発した14世紀半ばから15世紀半ばにかけての争いでした。

その原因となるものは、1066年のノルマン・コンクエストに遡ります。これ以後、イングランド王はフランス王の臣下でもあり、大陸側にも土地を有していました。また、両王室はしばしば姻戚関係を結んでいました。

そしてフランス王シャルル4世が没してカペー朝が断絶すると、イングランド王エドワード3世は、母がカペー家出身であることを理由に王位を要求します。

しかし、フランス貴族はシャルル4世の従兄弟をフィリップ6世として即位させました。そしてフィリップ6世が、フランス南西部にあるイングランド領の没収を決定して両国の対立が深まると、百年戦争が勃発したのでした。

ジャンヌ・ダルク

百年戦争において登場した伝説的な人物が、ジャンヌ・ダルクです。

ジャンヌ・ダルクは、百年戦争末期においてフランスの危機を救った少女です。「オルレアンの乙女」とも呼ばれます。

神の声を聞いたという農家の出身のこの娘は、 国王シャルル7世と会見するとフランス軍に身を投じます。

そしてオルレアンの包囲戦において、獅子奮迅の働きを見せ、フランスを勝利に導きました。以後フランス軍は、劣勢を挽回して反撃していきます。

しかし、彼女はまもなくイングランド側に捕えられ、異端宣告を受けて火刑に処されます。このときわずか19歳でした。

百年戦争自体は、フランスが優勢のうちに終結に向かい、イングランドが敗北することになりました。この百年戦争の結果、イングランドの勢力は大陸から一掃されます。それから両国とも封建諸侯や騎士の力が衰え、中産市民層の台頭や王権の伸張などを招くに至りました。

その後ジャンヌ・ダルクの存在は、やがて一般市民にも広く知られるようになり、フランスにおいては国民的な人気を得ていきました。1920年には、聖者に列せられています。

また、中世ヨーロッパにおいて、ジャンヌ・ダルクの様な女性の騎士という存在は、非常に稀ではありますが存在していた様です。

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